公式インタビュー コンペティション 『歌う女たち』
―レハ・エルデム(監督/脚本/編集)
地震予知により住民退去勧告が発令され、謎の疫病が広がる島を舞台に、女性の神性を歌いあげる。森で歌う女たち、人間を見守る鹿、病に倒れる馬など、人間と自然が一体化したメタファーに溢れる『歌う女たち』。前作『Jin』もワールド・フォーカスで上映されるなど、これまでTIFFで全作品を紹介しているレハ・エルデム監督にお話を伺いました。
――疫病が蔓延し、地震が予知される島で魂の救済を求める人々の物語のアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?
レハ・エルデム監督(以下、エルデム監督):疫病や地震など、さまざまな出来事を凝縮してひとつの物語にしているので黙示録的に思われるかもしれませんが、それぞれの人々の内面の衝突を描いているんです。地震といっても、地震そのものの揺れではなく、人々の内面的な確執の衝突によって起こる脅威や危険を意味しています。
――音楽が映像と同等のウエートを持つのがエルデム作品の特徴と言われますが、今回も冒頭の風からして音がとても印象的ですね。
エルデム監督:音は映像に対するエスコート役のように扱われがちですが、映画の半分はそもそも音です。なので私は、映像を見なくても音だけを聴いて、音・リズム・意味でもっていける映画もとても好きなんです。私の作品では音を映像の伴奏者としてではなく、映像に対する音声というように位置づける努力をしています。冒頭の強い風の音をはじめとして、音はすべて作っています。強風も機械で作ったものです。発電機等で大きな音を出してしまって、ロケ地の島をずいぶん揺るがせてしまったかもしれません。
――ロケ地の島はどこですか。
エルデム監督:イスタンブールからちょっと離れたところに位置するブユックアダ島です。車両の通行も禁止されていて、時が止まったような感じがするんですよ。私を惹きつける特別な場所で、最初の映画もそこで撮影しました。この映画もあの島のためにシナリオを書いたと言えます。ただ、近くにある別の島でも撮影を行いましたので、描かれているのは想像上の島ということになりますし、そこで起きる出来事はすべてフィクションです。少しだけ真実があるとすれば、あの島にいる馬たちの恐るべき状況です。いろいろな病気が流行っていて、病気になっている状態でした。
――この作品では危機的な状況のなかでも、女性たちは歌を歌います。これは女性の強さを象徴しているのでしょうか?
エルデム監督:女性というのは、人生を動かしていく立場にある種類の人間だと思います。この映画に出てくる男たちのほとんどは病人です。女性たちは、彼らの苦労を背負わされながらもしっかりと生き、誰にももたれかかろうとしない。ところが男たちは、そうした女性たちにもたれかかろうとしてしまう。女性はいろいろなことに対してオープンで、恐怖をも乗り越えることができる存在ですが、男たちは恐怖に負けてしまう。私は人々の生き様をそういう風に見ています。残念ながら私自身もそうした男のひとりなんですが、男にしてはマシなほう。なぜなら男の弱さを自覚して気づいて、克服するように努力していますから(笑)。
――人と人とのさまざまな衝突が描かれるなか、最も描きたかったことは何ですか?
エルデム監督:もっとも描きたかったのは、人が恐れるもの。究極のところ「死」ですね。いつの日か死ぬことはみんなわかっているわけですが、それを待つこと自体が大変で、そのことに耐えられなくなると他の人に危害を及ぼしたり、迷惑をかけたりすることになります。女性はそうした場合でも変わることも耐えることもできるわけですが、この作品に登場するアデムという男も変わることができたんです。『歌う女たち』には「アデムの祈願」という副題があります。祈り願った結果、彼は変わり、人を愛することができるようになった。私は変われる人間が好きなんです。物事に対してオープンであって、人を愛することができるというのは素晴らしいことです。
――寓話のかたちをとって語られていますが、このスタイルに惹かれる理由を教えてください。
エルデム監督:私は現実的な題材よりも、思いもよらない想像をさせてくれる映画が好きなんですね。『歌う女たち』も何層にもなっていて、どこからでも入れるようにゲートがたくさん作ってあります。「この映画の意味は?」とよく質問されるのですが、私は「映画の内容はこれなんだ」と提示するような映画は好みません。すべてのゲートが開いている作品なので、どこからでも入ってぐるぐると中を見て回る。それでいいんです。そして、また明日は違う精神状態で別の門を見つけてもらって構わない。どの作品でもオープンであることを重視しています。
――今回は『Jin』と2作上映されています。が、監督の作品は全てTIFFで紹介されていますね。
エルデム監督:私は東京の大ファンなんですよ。モダン性もある一方で伝統も大切にしていて、すべてが一堂に会している都市と言えます。TIFFには私の作った8作品とも全部上映していただいているんですが、こうしたご縁があるのは東京だけです。とても幸福に思っていますし、私の誇りでもあります。