公式インタビュー アジアの未来 『祖谷物語 ―おくのひと―』
―蔦 哲一朗(監督/製作/脚本/編集)
厳しい自然に守られてきた美しい景観が、文明の侵入によって破壊されていく…。そんな過酷な現実を秘境・祖谷の四季を追うことで浮き彫りにし、人間と自然の共存を模索した『祖谷物語 ―おくのひと―』。29歳の若さで、いまどき貴重な35ミリフィルムの渾身作を発表した蔦哲一朗監督に製作の裏側を伺いました。
――徳島県西部にある、日本最後の秘境といわれる祖谷を舞台に、厳しい自然の中で生きる人々を見つめた力作ですが撮ろうと思った動機は?
蔦 哲一朗監督(以下、蔦監督):もともと実家を継ぐか継がないかという話がずっとあり、そういう中で実家に帰りつつ映画を撮ることができないかと模索していました。実際、河瀨直美監督はそういう風に活動をしてらっしゃるので、憧れてもいましたので。
――自然保護をテーマにした内容は?
蔦監督:まず、僕は小さい頃から親の影響で山や川で遊んでいたので自然が大好きです。しかし、東京に進学してからできた周囲の友だちがそういう体験をしてこなかったということを知って、カルチャーショックを受けました。そこで、僕の中に生まれた「そんなことでいいのか?」という疑問が、単純に言えばテーマです。つまり、自然と人間の共存。答えのない道を探っていく道を選んだのです。前の作品では、環境テロリストが自然を破壊する工場を爆破するという話でしたが、今回は故郷と僕の探求するテーマが合致しました。
――コストの安いデジタルカメラでの撮影ではなく、あえて35ミリフィルムで撮影をした理由は?
蔦監督:撮り始める前からお金はかかるとは思っていましたが、ちょっと安易に考えていました(苦笑)。実際に撮ってみたら、ポストプロダクションなどを含めてすごくお金がかかって…。
――製作費はどのように集めたのですか?
蔦監督:最初に企画を見ていただいた三好市の市長さんが、「いくらかかるのですか?」とおっしゃってくださって、「このくらい必要です」と僕がボソッと言ったら、その額はポンと出していただけました。でも、僕の計算が甘くてそれの倍以上が必要になってしまい…。結局、父が自分の退職金を出してくれたり、地元の方々に資金を募ったりしてくれました。ですから奔走してくれた父の苦労に報いるためにも、たくさん協力してくださった地元の方々のためにも、この東京国際映画祭で上映できて本当に良かったと思っています。このことで地元でもニュースが流れました。
――人里離れた山奥で暮らす漁師のお爺と、捨てられていた春菜。その生活が、タイムスリップするエピソードも織り込んで描かれています。
蔦監督:物語的なところは、祖谷の人たちに伺った民話的な昔話。たとえば狐と狸に化かされたという妖怪的な話を現代に移してなるべくシンプルに作りました。基本的に物語が先というより、撮りたい映像をメインに考えてロケハンをしていくうちに,私的なものが断片的に浮かんできて。それを物語としてうまく繋げられたかなと思っています。
――お爺役の田中泯さんや、春菜を演じた武田梨奈さんなど、キャスティングはどのように?
蔦監督:まず、春菜役の武田さんを見つけるまでが大変でした。オーディションなどをたくさん行ったのですが、祖谷のイメージに合う田舎臭さや純粋さなどがある女性。しかも山を駆け巡ったり、水桶をかついで歩くなどの身体能力的にも優れている女優さんを捜すのは苦労でした。そんな時に『女忍者 KUNOICHI』を観て、「彼女だ!」と直感。すぐに事務所に連絡をして、OKをいただきました。田中さんを選んだ理由は、山梨でご自分の畑を耕されていると知り、さらに『たそがれ清兵衛』や『メゾン・ド・ヒミコ』のイメージも重なって、「この人しかいない」と思いました。
――いまや舞踏家であるばかりか、俳優としても高い評価を得る大ベテラン。簡単に出演の快諾はいただけましたか?
蔦監督:出演の依頼をした頃は、キアヌ・リーヴスと共演の『47RONIN』の撮影でロンドンに滞在されていました。そこでお弟子さんに連絡を取って、それからは直接に田中さんとファックスでやりとりをして、なんとか納得をしていただきました。
――田中さん演じるお爺の背中にコケがどんどん生えてきて朽ちていく。あれは長年にわたって殺生をしてきた猟師の罪の意識の現れですか?
蔦監督:そういう意味もあるのですが、僕の中ではお爺は自然と同化している、人間と自然の中間的な存在なんです。だから彼が老いるということは、木や岩が朽ちる感じではないかとイメージして、ああいう映像にしました。
――都会からやってくる工藤の役に、『さよなら渓谷』でも評価の高い大西信満さんを選んだのは?
蔦監督:僕が大西さんに抱いているイメージは、『キャタピラー』や『赤目四十八瀧心中未遂』からくるもので、人間味あふれるというか、生命力にあふれているというか。とにかく生きたい願望があって、がっついている印象でした。で、工藤というキャラクターも、最初は自殺するつもりで祖谷にくるのだけど、自然の中でだんだん人間として生きようとあがきだす。大西さんならそういった生命力みたいなものを出せると思ったのです。とにかくこの3人のまったく違う存在感が、祖谷の大自然に負けてしまわないように。そこはすごく意識していましたね。
――最初の答えの中に登場した、憧れの河瀨直美監督も水の浄化を目指す研究者の役で出演していますね。
蔦監督:撮り方を真似ようと思うくらいに河瀨さんの映画が大好きなんです。なので、どうしても出ていただきたくて。なんなら出演場面は河瀨さん自身に編集してもらうかなと思ったほどです(笑)。実は尺が2時間49分の長さになったのも、河瀨さんが登場する東京編があったからです。そして、僕にとってはその東京の話が実は一番やりたかったことだと思うのです。つまり、東京で春菜が研究者のもとで水を浄化することは、僕らの世代がやるべきことであり使命ではないかと。ですから、最初は祖谷の物語だけで完結しようとしていたのですが、未来的な思いも込めて東京編が不可欠となりました。けれどそれにしてもちょっと長過ぎてしまって。やはり思い入れが強いシーンが多くて、ひとつひとつのカットが長くなってしまったのが原因ですよねぇ(苦笑)。
取材/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
アジアの未来
『祖谷物語 ―おくのひと―』