10/22(火)ワールド・フォーカス『激戦』:Q&A
登壇者:ダンテ・ラム(監督・脚本)
かつて総合格闘技(MMA)の王者だったファイ(ニック・チョン)は落ちぶれて、借金取りに追われる日々を過ごしている。富豪の息子チー(エディ・ポン)は父の会社が倒産し、文なしとなったあげく、ファイにMMA選手になりたいと告げる。2人は選手とトレーナーとしてタッグを組み、互いの尊厳と賞金を賭けて過酷な闘いに挑んでいく。
アクション大作で知られるダンテ・ラム監督の新境地となる作品で、さる6月に開かれた第16回上海国際映画祭では男優賞(ニック・チョン)と女優賞(クリスタル・リー)を受賞。迫真の格闘シーンと見応えあるドラマに、詰めかけた観客も酔いしれた。
満場の拍手の中、ジーンズの裾を折り上げて足首を晒した監督が登場すると、こんなにスマートな人があんな派手はアクションを撮ってきたのかと、思わず溜息がもれた。
石坂PD:まだ興奮の冷めやらぬうちに、素敵なゲストをお迎えして、話を伺いたいと思います。残念ながら入場曲はありませんが、拍手でお迎えください(笑)。ダンテ・ラム監督です。
ダンテ・ラム監督:今回、東京国際映画祭に参加できたことを、とても喜ばしく思います。映画祭への参加はこれが初めてです。本作は香港で大ヒットした作品です。作品を携えて、この場に参加できたことを、何よりうれしく思います。
石坂PD:意外にも、初めてお越しいただいたのですよね!
ダンテ・ラム監督:それがイチバン大事です(笑)
石坂PD:映画は総合格闘技(MMA)の世界を描いたもので、監督はこの格闘技がかなりお好きだと聞いています。主役のニック・チョンやエディ・ポンに、トレーニングの経験はあったのでしょうか。
ダンテ・ラム監督:僕はMMAが大好きで前からよく見ていました。これまでにも、アクションや格闘を取り入れた作品を多く手がけています。自分でも拳法のトレーニングを受けたことがありますが、主役の2人は実はまったくの素人でした。経験のない状態から、半年以上トレーニングを受けて、あのような肉体になったのです。ファイ役のニック・チョンは香港ではとても有名な俳優です。もともとすごく細身の人ですが、いまスクリーンで観て頂いたように筋骨隆々になっています。9ヶ月をかけて、肉体改造してもらったおかげです。
石坂PD:ほんとにリアリティがあって、実際の選手と見まごうばかりでした。
ダンテ・ラム監督:映画の中で、2人の相手役をした何人かは本物のMMA選手です。彼らと格闘することで、さらにリアリティが増したのではと思います。
石坂PD:試合の場面が度々登場しますが、カメラは何台使用したのですか?
ダンテ・ラム監督:格闘シーンは全部併せて10日間で撮り上げました、1日当たり、3〜5台のカメラです。
石坂PD:いろんな角度から、様々なサイズのショットが組み合わされ、素晴らしい迫力を生んでいますね。
ダンテ・ラム監督:ありがとうございます(笑)
――大変面白い映画でした。監督はこれまで犯罪者や警察を主人公にした、派手な銃撃戦のある映画を撮っていましたよね? MMAを題材に、一般市民の映画を撮ろうと思った理由は何でしょう?
ダンテ・ラム監督:題材とテーマは以前から温めていたものです。でも香港では、アクション映画といっても、ボクシングや格闘を扱ったものはあまりヒットしたことがない。投資してくれる人が見つからないこともあって、この間ずっと、警察や犯罪者の映画を撮っていました。幸いにも、前作『ブラッド・ウェポン』(2012)が優秀な興行成績を収めたため、今回やっと念願を叶えることができたのです。
――楽しい映画をありがとうございます。最後のクライマックスで、主人公の脱臼グセが伏線になっていました。弱点を逆手に取って対戦相手の技を逃れるというオチですが、これはどんなことからヒントを得たのでしょう。実際にあった出来事なのですか?
ダンテ・ラム監督:この作品を撮る際、実際のMMA選手に会って話を聞きましたが、ほとんどの選手に脱臼グセがあるんです。まずそこがリアルでした。ファイは体に傷を負い、人生を諦めている人物です。再起するには、自分の古傷と向き合わなければならない。それでやっと立ち直れるわけで、脱臼はそのきっかけの1つとなる、とても意義深いプロットでした。
――ほんとに楽しい作品でした。私は『ビースト・ストーカー/証人』(2008)が大好きです。これまで観た作品と今回の作品では、観終った後の印象がかなり異なりますが、ご自身ではどんなふうに感じていますか?
ダンテ・ラム監督:主役のニック・チョンとは、ずいぶん前から組んで、作品を作っています。作品と共に彼もいろんな経験を積んできました。過去の作品もそうですが、今回の役もまた失敗して心に傷を持つ男であり、ニック・チョンと私で失敗作を作ってしまった経験もあります。そんなことから本作では、どんなに失敗した者でも、努力すれば必ず成功できることを示そうとしました。旧作と雰囲気が違うとしたら、その思いがエンディングに反映されているためだと思います。
――とても面白かったです。ファイがいよいよ再起を果たす場面で、名曲「サウンド・オブ・サイレンス」が流れます。本来なら『ロッキー』のテーマ曲が流れるような場面で、切ない曲がかかるところにインパクトを受けました。あの曲はMMAという荒っぽい世界とはかけ離れていて、しかも、『卒業』(1967)の印象が強烈に焼きついています。そんな曲を敢えて使用されたのには、どんな英断があったのでしょう。
ダンテ・ラム監督:最初は、「サウンド・オブ・サイレンス」を使おうとは思いませんでした。いつものようにテンポのある軽快な曲を使うつもりでした(笑)。ただ今回は、中年男が再起を賭ける話です。盛りの過ぎた男が立ち上がろうとすれば、いろんな困難がつきまとう。それを乗り越えようとする場面で、いつものように元気が出る曲を使うのは抵抗がありました。中年だからいろんなことを経験している。再起を目指していても、心の底にあるのは温もりと優しさです。そうしたことを示すには、あの曲がふさわしいと思いました。
サイモン&ガーファンクルの原曲はもともと好きでしたが、あのヴァージョンに決めたのには偶然が関わっています。たまたまポーランドに滞在していたとき、いろんな映画の主題歌を取りあげた女性歌手のCD(Ania Dabrowskaのアルバム「Ania MOVIE」)を知って、この歌を聴きました。原曲とかなり違うけど大変よい雰囲気で、ファイの気持ちを代弁していると思われたので、彼女の歌に決めたのです。
もちろん、皆さんが感じたように、リスペクトという意味もあります。若い方でこの名曲を知らない方が、映画を観て、好きになってくれたらいいなと思います。
――楽しい作品をありがとうございました。女性なので、どうしても母親の立場に目が行きました。今回のような格闘シーンの多い作品で、不幸な母と娘(10歳の子役クリスタル・リーが演じている)を描いたのは、何か特別な理由があったのでしょうか。
ダンテ・ラム監督:確かに格闘シーンの多い作品ですが、自分ではこれはドラマだと思って撮っています。ファイはこれまでの人生で、すべてを失くした人物です。中年男性のほとんどが持っているはずの家族さえない状態にある。だから人生のある段階で、家族を持たせてやりたいと思いました。弟子を持つのも同じような意味がありますが、この弟子は過去の自分、失敗してしまった自分の反映でもあります。
――映画を観るのを楽しみにしており、実際とても面白く拝見しました。ニック・チョン主演の映画がずっと続いていて、どれも良い作品ばかりでうれしくなります。今後も一緒に仕事をする予定はありますか。また、一緒に仕事をしたい俳優さんがいたら、教えてください。
ダンテ・ラム監督:ニック・チョンとは11年来の付き合いです。4本の映画で一緒に仕事をし、互いの信頼関係もあります。いま準備している映画も、当然、彼の主演で考えています。アクション映画で、恐らく来年には撮影に入れるとは思います。
一緒に組んでみたい俳優はたくさんいます。香港には良い俳優が揃っていますから。新作では、ニック・チョンの相手役にトニー・レオンを使いたいと考えてますが、まだストーリーが完成してないので、最終的にどうなるかはわかりません(笑)
――熱い映画をありがとうございました。実写からアニメまで手がけていることを考えると、監督は香港では珍しいキャリアの持ち主です。実写とアニメの印象の違いをお聞きしたいのですが?
ダンテ・ラム監督:大きな違いを言うと、アニメを作る場合は時間がかかります。2008年に中国で、『風雲決 ストームライダーズ』というアニメーションを作りました。これは『風雲 ストームライダーズ』(1998・香港)のアニメ版ですが、作るのに4年もかかりました。なのでアニメは、実写よりも時間がかかるものなのだと思います。
アニメーションは実写と違い、自分の思いどおりに場面を作れます。どんな場面であれ、好きなように手がけることができる。クリエーターとしては、アニメーションは、本当に思ったものを表現できる良い方法だと思っています。
石坂PD:微に入り細を穿ったお話をありがとうございました。最後に、観客の皆さんにメッセージをお願いします。
ダンテ・ラム監督:今日はあふれる思いで本作を観てくださって、大変感謝しています。ぜひ皆さんも、主役の2人のように転ぶことを恐れず、転んでも立ち上がる気持ちを忘れないでください。ありがとうございました。
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『激戦』