公式インタビュー コンペティション 審査委員長 チェン・カイコー
世界中から1500本以上の応募があり、その中から選び抜かれた意欲作15本が並ぶコンペティション部門。その審査委員長を務めて下さったチェン・カイコー監督に選考の舞台裏や受賞の決め手となった理由、そして未来の東京国際映画祭への思いなどを伺いました。
――クロージング・セレモニー後の記者会見で、東京国際映画祭に贈る言葉は「倍返しだ!」とおっしゃっていました。その意味は「若手の監督たちに投資すれば今後の映画祭に大きく返ってくる」ということでしょうか?
チェン・カイコー審査委員長(以下、審査委員長):その通りです。「倍返し」というのは、私個人としては、将来、若い映画監督をどんどん惹きつけるような映画祭になって欲しいと言う願いのあらわれです。そして、その意味で言えば、今後、東京国際映画祭が倍どころか10倍以上に良くなっていくだろう、ということです。
――そのためには、具体的にどんなことをしたらいいと思いますか?
審査委員長:まず映画人として、東京だけではなくアジア各国の映画祭を尊敬しています。その上で提案をするのですが、映画をセレクトする時には、もっと先鋭的なテーマの作品を選んだ方がいいのではないでしょうか。なぜ我々が若手の映画監督に注目し尊重するのかといえば、若手の監督がデビュー作もしくは2作目を作る時には、心の中にどうしても観客に語りたい話があるのです。もちろん、その話は他人にとってはさして重要でないかもしれませんが、監督にとっては語るべき事なのです。その部分を見極めていけば、非常に重要で新鮮な作品に出会う事ができると思います。理由は定かではないのですが、私は東京国際映画祭は、非常に個性的で独自の若い才能があふれる映画祭になっていけると感じています。
私の言う「若い」の意味は活力です。それを具体的に反映させるなら、Q&Aのセッションやパネルディスカッションのような観客との交流をもっと増やせば、若い活力がみなぎる映画祭になるかと思います。今回参加した感想は、全体的な組織に関しては非常に優秀であると思います。となると、あとはもう少し芸術性に力を入れると、より素晴らしいものになるのではないでしょうか。
――受賞作を選ぶにあたり、そのポイントはどんなところでしょう?
審査委員長:大事なポイントは、1500本以上の作品から15本の素晴らしい映画をいかに選び出すことができるかです。ここが核心です。その作業は至難の業ですが、方針を明確にすればいいのです。たとえば、私自身は消去法でどんどん落としていき良質の作品を選び出していきました。
――受賞作品発表のスピーチでは、「審査委員という立場から公平な目で選びました」とおっしゃっていましたが、ひとりのベテラン監督として刺激を受けた作品はありましたか?
審査委員長:『馬々と人間たち』です。深い意味を持った内容だと思いました。過酷な自然界の中で、人間としてどう生きていくのか、動物とどう共存していくのか…。実は、ひとつだけ私が生理的に受け付けなかった場面があります。それは、道に迷った人間が暖をとるために馬を殺すところで、これは辛かったです。しかし、逆に言えばそれは鋭く、直接に描く事ということに刺激を受けました。人間は想像を絶する過酷な状況に置かれた時にどう生存していくのか? そういう視点から、また新たな人間性を発見できるかもしれないのです。この作品を観て、今村昌平監督の『楢山節考』を思い出しました。学生の頃に観たのですが、観たとたんに心が大きく震撼したのを覚えています。
――先ほどおっしゃった芸術性を重視するという点では、『馬々と人間たち』などのほうが芸術性は高いように思います。その中でエンタテインメント性の強い『ウィ・アー・ザ・ベスト!』をグランプリに選んだ理由は?
審査委員長:観ればわかると思いますが、『馬々と人間たち』は監督色がとても強い作品です。そういう意味ではグランプリより監督賞のほうがふさわしい。『ウィ・アー・ザ・ベスト!』は、完全なる娯楽映画だとは思いません。物語の中に、女性特有の嫉妬や生活に対する失望感が織り込まれています。そういう感情は誰もが一度は味わうものです。しかしこのルーカス・ムーディソン監督は、そういった感情をわざわざ強調して描くのではなく淡々と描写している。そういう点では素晴らしい処理の仕方で、独特な芸術性を持っていると思いました。実は、私個人としてもこういう風合いの作品が好きなのです。たとえば黒澤明監督の『どですかでん』や、ジャン=リュック・ゴダールの作品など、ティーンエイジャーを描いた作品ですね。ティーンエイジャーが大人の世界を懐疑的に見ている。しかし彼らが大人になった時、その懐疑的なまなざしは失われてしまう。そのティーンエイジャーと大人の世界の違いこそが重要であり、私は好きなのです。
――ほかの受賞作に関してはどうでしょうか?
審査委員長:率直すぎて失礼になるかもしれませんが、私は自由にお話したいので、いいですよね(笑)。たとえばフィリピンの『ある理髪師の物語』については、審査委員たちがかなりディスカッションをしました。ストーリーの展開にちょっと問題があるのではないかと。最初の10分間はとても素晴らしいのですが、だんだん反乱軍の話や政治的な要素が入ってきて。正直、審査委員のみなさんはその話はあまり好きではないのです。しかし映画を観ていくうちに主演の女優さん(ユージン・ドミンゴ)の演技が素晴らしく、観客を最後まで引っ張っていった。これは女優賞に値すると思いました。とにかくこの物語の核は女性の権利に関するもので、決して政治的なものではないと思ったのです。
――結果を振り返って、何を一番大切にして受賞作を決めたと思いますか?
審査委員長:どの映画祭でも同じだと思うのですが、審査委員が作品を選ぶ基準はつねに変化しています。映画人として私が思うのは、映画界は10年ごとにひとつの潮流が現れてくるのではないでしょうか。そして、まず我々自身がその潮流に追いつくことができるかですね。では、潮流とは何かということですが、はっきり言えるのはイングマール・ベルイマンの時代ではないという事です。つまり、50年、60年前の作品がいかに傑作であっても、今の時代に撮るという話ではないのです。やはり映画は今の世界に対して、生活に対して、自分自身に対して、独特の発見をするものであると思います。しかもそういう発見を、観客に受け入れてもらい感動してもらえる。そういう映画を撮ることができたら素晴らしいなと思います。
――『ウィ・アー・ザ・ベスト!』を観た時に浮かんだ最初の言葉は?
審査委員長:フリーダム! フリーダムという言葉は、自分自身が何かをやりたいと思うことです。よく耳にする言葉で「自由を与えます」というのがありますが、とんでもない! 自由は与えられるものではないのです。人間は心の中から自由でなければいけないのです。
取材:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
第26回東京国際映画祭 受賞結果一覧