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2013.11.08
[イベントレポート]
「パアトの目線を借りて女性の問題を描こうとしました」-10/24(木)アジアの未来『流れ犬パアト』:Q&A

PAAT

©2013 TIFF

 
10/24(木)アジアの未来『流れ犬パアト』:Q&A
 
登壇者:アミル・トゥーデルスタ(監督/プロデューサー/脚本/衣装)
 
飼い主が殺され、野良犬となりテヘランの街をさまようパアト。その目は、虐げられた人生をおくる女性たちを映しだす。夫婦の不和、不倫による妊娠中絶、臓器売買、麻薬、売春などイランの都市部に見られる問題を、宗教的に不浄とされる犬の立場から描いた新感覚ムービー。
アミル・トゥーデルスタ監督は31歳の新鋭。これまで短編やドキュメンタリーを撮ってきて、本作で初の長編映画デビューを果たした。主人公となるフサフサした茶色い毛並みの大型犬・パアトの好演技が光る一作だ。
Q&Aは上映終了後の22時からスタート。渋谷でハチ公を見てきた話から今後の本国における上映のことまで、物静かな声で熱心に語る監督が印象的だった。
 

石坂PD:22日にやった最初の上映では、アミール・ナデリ監督や『ルールを曲げろ』のベーナム・ベーザディ監督が会場に駆けつけ、監督も緊張されているご様子でした。今日はリラックスしていらっしゃいますね?
 
トゥーデルスタ監督:空き時間に浅草寺に行って、おみくじを引いてきました。渋谷にも行ってきました(笑)
 
石坂PD:渋谷の駅前に犬の銅像があるのをご存知ですか?
 
トゥーデルスタ監督:ハチ公!(場内拍手)。映画を観たことがあるので、名前は知っていました。
 
石坂PD:日本とイランでは、犬と人間との関係はかなり違うそうですね?
 
トゥーデルスタ監督:イランの人々と犬の関係は、親密に接するか、無視するかのどちらかで、その中間がありません。犬を愛し、家族のひとりとして接する人もいれば、従来の慣習から大嫌いで触るのも駄目、汚れた動物と思っている人もいます。
 
石坂PD:パアト君をどうやって見つけたんですか?
 
トゥーデルスタ監督:イランには、サーデグ・ヘダーヤトという高名な作家がいます。私は彼の本はすべて読んでいますが、なかでも「野良犬」という小説が好きで、これに登場する犬の名前がパアトなんです。それで犬の映画を撮りたい思ったときに、名前を拝借しました。パアトと聞くと、イラン人なら誰もが、ヘダーヤトの「野良犬」から名前を採ったとわかるはずです。
じつは映画を撮るにあたっては、警察犬などの訓練された犬は選びたくないと思っていました。役者でいうと、素人のように自然に演じられる存在。訓練されてないけれど、「お座り」とか、ある程度の言葉のわかる犬を探していたのです。いろんな人に頼んで、やっとそういう犬を飼っている知り合いを見つけだし、彼の犬を借りて撮り上げたのです。
 
石坂PD:パアト君、名演技ですよね(笑)
 
トゥーデルスタ監督:同感です。ワン・テイクでOKを出したシーンもたくさんありました。素晴らしかったです(笑)
PAAT

©2013 TIFF

 
――パアトの名演技、とてもかわいかったです。犬を嫌う人が多いのはイスラム教と関係あるのですか? 犬を買うことが禁止されている地域は、高級住宅街で、住んでいる人も違ったりするのでしょうか。
 
トゥーデルスタ監督:犬を飼ってはいけない地域があると、映画の事前情報が行き渡っているようですが、それは曲解です。犬を飼うこと自体は自由ですが、散歩に連れだす時には注意が必要になるというのが実情です。
イランでは伝統的に、犬をペットとして扱ってきませんでした。不浄のもの、触れるべきでないものと考えられてきたのです。それはどこに行ってもそうで、特定な地域の話ではありません。
最近では犬を飼っている人も増えていますが、私が描きたかったのは、実は犬の事情ではありません。犬の目線を通して、都市部が抱えている社会問題を描きたかったのです。
 
石坂PD:ウェブや公式プログラムに、「犬を飼ってはいけない地域」という説明があったようですが、訂正してお詫び申し上げます。飼うことが禁止されている地域があるわけではありません。
 
――楽しく観させていただきました。登場人物はなぜ、みな不幸な目に遭っているのですか。彼らの境遇に対して、パアトは何の役にも立っていません。ただ遭遇し、そこに居るだけにした意図をお聞かせ下さい。また、人に噛みついて映画が終わる理由を教えていただければと思います。
 
トゥーデルスタ監督:よい質問をありがとうございます(笑)。まずエンディングについてですが、映画の冒頭で、飼い主の男性が殺されるシーンがありました。パアトは映画の終わりに、そのことを思い出して人間に噛みつきます。パアトがストーリーの最後にピリオドを打つことになる。映画では、いくつかの物語を語っていますが、ただ目撃しているだけのパアトが、最後に人を噛むことで物語に参加し、入りこんでいくのです。
テヘランの街もそうだしイラン社会もそうですが、犬は不浄と見られていて、特定の場所にしか連れ出せません。でもパアトは、飼い主が死んだことで流れ犬となり、社会に出て行きます。そこで出会うのは、社会から外れた人たち、問題を抱えた女性たちです。女性は優しい心をもっているので、パアトも惹かれるのです(笑)
麻薬中毒の男性も2人登場しますが、彼らはパアトを利用します。パアトの腹に麻薬を隠し、警察がいなくなるとまた取り出す。こんなふうに、パアトは人間に利用されもします。
2人は男性ですが、彼らには母親という女性がいます。ここでも女性が登場するわけで、映画の主役はパアトですが、パアトの目線を借りて女性の問題を描こうとしたのです。社会のなかでいろんな問題を抱え、家を探している女性たちと、家を探しているパアトとは同じ存在なのです。
 
――登場人物は、家に執着していなかったりするなど、描かれる環境が特殊なものに見えました。社会から外れた人々を描くうえで、家は大事なポイントだったのでしょうか?
 
トゥーデルスタ監督:テヘランは大都会で、ヨーロッパ風のモダンな街です。映画に描いた家や、家を探している人たちは、こうした風景の陰に隠れて存在しています。虐げられた社会とそこに住む人々を、自分は心して描こうとしました。
脚本を書く時に考えたキャラクターには、家らしい家はありませんでした。家はあっても、貧しかったり、よい地域でなかったりと、心の中はみなホームレスなのです。その意味でも、パアトと同じだと感じていました。
 
――イランの映画館で上映したときの反応は如何でしたか。検閲などの規制はありましたか?
 
トゥーデルスタ監督:イランでの公開はこれからです。検閲はそれほど言ってこないと思いますが、問題はこれがアート系の映画だということです。映画館は商業映画が占めてしまい、アート系の作品をいいタイミングで上映することはなかなか難しいのです。
だから私たちはまず、こうして映画祭で作品を発表したいと思いました。海外の映画祭を回った後、来年2月にイランのファジル映画祭で上映し、観客の反応を見て配給を決めたいと思っています。
イランでは先頃、ハサン・ロウハーニーが大統領となり、これまで映画を撮ったことがない監督たちも撮ってほしいと言われています。映画人に明るい未来が待っているものと期待しています。
 
石坂PD:この映画も、東京発で世界に広まっていくと思います。監督もまた、ぜひ次の映画を撮って頑張ってください。
 
トゥーデルスタ監督:最後に、皆さんにお礼を申し上げたいと思います。こんなに遅くまで残っていただき、上映後もお話しする機会に恵まれて、とてもうれしいです。観客の皆さんと映画祭スタッフの温かいホスピタリティ、美しいトーキョーと優しい日本人に感謝申し上げます。アリガト。
 
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