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2013.10.23
[イベントレポート]
「失敗を恐れずに精進すればプロの道は切り拓ける」-10/19(土)コンペティション『27℃——世界一のパン』:Q&A

貧しい家に生まれ、父を亡くしたパオチュンがパン作りの魅力に取りつかれ、修業の道に精進していく。2010年、パン作りの世界大会で見事1位に輝いた台湾のパン職人、ウー・パオチュンの人生を描いたサクセス・ストーリー。日本の師匠のひとりとして、小林幸子が出演しているのも話題の一作だ。
監督は俳優としてキャリアをスタートさせ、後に監督業に転身し、『浮草人生』(1996)で第9回TIFF〈ヤングシネマ・コンペティション〉の東京シルバー賞を受賞している。温かくて朴訥な語りに場内は聞き入っていた。
 
27℃ ― 世界一のパン

©2013 TIFF

 
石坂PD:東京国際映画祭では3年ぶりに台湾特集を開催します。題して、「台湾電影ルネッサンス2013」。その第1弾として、リン・チェンシェン監督にご登場頂きました。
 
リン・チェンシェン監督(以下、チェンシェン監督):第26回東京国際映画祭に参加できて、とてもうれしく思います。長い間、ドキュメンタリー作品を撮ってきましたが、久しぶりに撮った劇映画で映画祭に戻ってくることができて感無量です。
 
石坂PD:監督は以前、1996年に『浮草人生』でヤングシネマ・コンペティションの東京シルバー賞を受賞されています。またお迎えできてうれしいです。映画では、監督もチラッとご出演されてましたね?
 
チェンシェン監督:主人公のパオチュンが店に行ったとき、店主と客がけんかしています。そのとき、「もう辞めてやる」と口にするのが私です。実は私自身、13年間パン職人をやっていて、それから映画の世界に入りました。まあ、自分に対するジョークみたいなものですね(笑)
 
石坂PD:職人だった履歴を活かして映画をつくったのですから、これはもう経験の賜物ですね?
 
チェンシェン監督:もちろんそれもありますが、実際には、映画のモデルとなったパン作りの世界チャンピオン、ウー・パオチュン本人が撮影現場で技術指導をして助けてくれました。特に最後の世界大会の場面では、ご本人のおかげでプロ並みのパンがつくれました。パン作りのディテールが描けたことで、感動も深まったと思います。
 
———仕事で大阪から出てきて、映画祭が開催されているのを知ってたまたま観たのですが、凄く面白かったです。びっくりしたのは、小林幸子さんが出演されていたことです。いったい、どういった経緯で出演されたのでしょう?
 
チェンシェン監督:東京の友人の紹介でキャスティングしたのですが、台湾の映画会社を通じて正式に依頼しました。まず話があって、それから写真を見たり歌を聴いたりして、小林さんがすばらしい才能の持ち主だと知りました。当初、師匠の役は男性という設定でしたが、女性に変えて演じてもらったのです。
日本の場面は、実景は日本で撮りましたが、実際のロケは高雄で行いました。料理学校を借りて2日間ロケをやったのです。小林さんは高雄まで駆けつけてくれました。
小林さんはプロ意識の強い方で感銘を受けました。予算が限られており強行軍で撮影を行う必要があり、1日たりとも伸ばせない。飛行機でやってきて長時間のロケに付き合わされるとは思ってもみなかったはずですが、小林さんは「頑張れば乗り越えられるわよ」と言ってくれて、初日は12時間を超える長丁場を役に徹して演じてくれたんです。
彼女の出番を撮り終わると、カメラマンが慌てて「サインをお願いします」とせがんでいました。よく知らなかったのですが、小林さんは日本で大変人気のある歌手で、カメラマンの両親は大ファンだったのです。「絶対にサインをもらってこい」と言われていたんですね。そんな大御所にも関わらず、小さな役に、プロフェッショナルに取り組んでくれたことに本当に感謝しています。
 
———貧しい若者が世界大会で優勝する物語ですが、監督はどんな思いがあったのでしょう?
 
チェンシェン監督:パン職人の経験もさることながら、自分も貧しい家庭の生まれでした。主人公のパオチュンは屏東(ピントン)出身で、私は台東(タイトン)です。2人ともとても貧しい地域から台北に出てきました。私と主人公の重なる部分です。
貧しい境遇の子が都会に出て、いろんな経験をしながら、どうやって前に進んでいくのか。田舎の子は最初引け目を感じているに違いありません。うまく会話ができないし、ファッションでも都会人のように格好よくできない。惨めな境遇から、どんなふうに未来を拓いていけばいいのでしょう。
田舎者の取り柄と言えば、失敗を恐れずに前へ進んでいけることです。そういう人を描くことで、まじめに一生懸命やれば、プロとして世界を切り拓けることを示そうとしました。そして、誰もが社会に貢献できることを伝えたかったのです。
この10数年、台湾はかなり変わってきました。パオチュンは日本の師匠に付いて、パン作りのノウハウを学びます。気持ちを込めて精進すれば、プロの道が拓けてくる。いいパンがつくれるようになって、ついに世界一になった。こんなふうに、地道に歩んでいくしかないのです。
昔は学歴偏重で田舎者が都会で生きるのは大変でしたが、いまはプロの世界にもいろいろあると理解されてきました。パン職人や料理人、ヘア・スタイリストなど多岐にわたる道があって、そこから未来は拓けるんだとみんなわかってきたんですね。
27℃ ― 世界一のパン

©2013 TIFF

 
———登場する周辺人物はフィクションですか?
 
チェンシェン監督:パオチュンの家庭環境や仕事に関しては事実のとおりです。恋愛のエピソードには虚構が入ってますが、それは当事者のプライヴァシーを守るためにも必要なことでした。いまはインターネットで調べれば、すぐ結果が判明してしまう。貧乏なパオチュンを捨てたというのが当事者の名前で知れ渡ったら、気の毒なのでかなり虚構を入れてあります。かつての恋人のことですから、やはり守ってあげる必要がありました。あとは、幼い頃の思い出のエピソードにはかなりな部分創作が入っています。
後半の愛の進展は真実です。母親に反対される場面もそうです。彼女がある企業家の娘であることも同じです。彼女は実際には、音楽じゃなくて経済学を専攻していました。2人の別れは、映画ではセーヌ川辺の世界大会の時に持ってきていますが、実はこの大会前に別れています。それでも、彼女はパリに付いて行ったのでした。どの大企業の令嬢かは、ネットで検索しても探し当てられないようにカモフラージュしてあります(笑)
修業中に出会うクアンも実在の人物であり、日本へ修業に行くのも真実です。神崎というライバルが登場しますが、実際は別の名前です。映画に描かれるような悪い雰囲気の関係ではなく、世界大会後に2人はとても仲の良い友人になります。
日本へ修業に来たときの師匠は、映画では2人にしましたが、実は4人ほどいます。日本の最も偉い師匠は、かつて世界大会に出たことのある人物です。彼はかつてパオチェンに、「技術はすべて教えてやるが、君が世界大会で優勝したら、オレは売国奴と言われるかもしれんな」と言ったそうです。パオチュンは世界大会に出て1位になったので、この師匠に大変感謝しています。惜しみなく自分の技を教えてくれたからです。日本のパン職人は利害関係を顧みず、パン作りを心から愛する職人であれば、誰であれ平等に技術指導してくれたのです。 
 
———23日には「監督そろい踏み!台湾映画最前線」というシンポジウムを開催します。監督も参加されるのでぜひお越し下さい。
 
チェンシェン監督:皆さん、観てくれてありがとう。感動を届けることができたなら、うれしいです。台湾のいろんな産業で活躍している人が努力して、これからもいい社会をつくっていくと思います。彼らのことをぜひ応援してあげて下さい。 
 

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